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16-2 : 薩た峠


21011.10.27
本日は快晴です!

前回の由比でのサイクルのおじさん達のアドバイスを受けて、快晴の横浜駅を早朝6:30に出発、
9:00に由比駅に着いて、薩た峠を目指して
歩き始めます。

JR由比駅を降りて、標識に従い右手の旧道に
入ります。

少し歩くと、狭い道の両側に、江戸時代の旧家の
面影影を残すくぐり戸・格子造りが並ぶ
倉沢・寺尾
宿
に入ります。

倉沢・寺尾は
「間宿(あいのしゅく)」といって、
宿場間の距離が長い所、峠等の難路の入口
などに休憩を目的につくられた宿です。




の写真は、間の宿の川島家・
本陣跡です。

川島家は、倉沢の名主をつとめ、大名もここで休息したそうです。

間の宿には、当時、十軒くらいの休み茶屋があり、薩た峠を上り下りする旅人は、ここで疲れを
癒し、駿河湾の風景を眺めて旅立って行き
ました。


上の写真は、寺尾の旧家で、代々名主を務めた
という
小池邸(国有形文化財)です。

残念ながら年末年始の休館日でした・・・


由比駅から徒歩20分で、薩た峠への登り口に、
下の写真の
望嶽亭(ぼうがくてい)があります。

入口の看板には、「間宿(あいのしゅく)藤屋:
山岡鉄舟ゆかりの家」とあります。

山岡鉄舟は、江戸城を無血開城へと導いた
”真の”立役者です。

望嶽亭は、江戸時代の様々な道中記にも紹介
されています。

(広重が描いた望嶽亭藤屋) 
当時は、名物のアワビやサザエを食べながら
富士山を望める茶屋として、多くの文人墨客が
集ったそうです。

望嶽亭23代目のご主人が、建物内の山岡鉄舟
の足跡を丁寧に説明してくれます。(無料)
その説明によると、
山岡鉄舟は、勝海舟の手紙を西郷隆盛に届ける
ため、官軍のいる薩た峠を深夜に突破しようと
します。

しかし、官軍に発見されてしまい、追われて、
間一髪で望嶽亭の下の写真の倉座敷に逃げ
込み難を逃れたそうです。





(山岡鉄舟が逃げ込んだ倉座敷)
鉄舟は、この倉座敷で漁師姿に変装し、隠し
階段から脱出して、舟で清水湊の清水次郎長
のところへ向かいます。

当時、望嶽亭の主と清水次郎長が親しかった
からだそうです。



上の本は「山岡鉄舟 望嶽亭での二日間」で、
山岡鉄舟が官軍に追われ望嶽亭から脱出した
様子を、当時ヒアリングした記録です。

静岡市(府中宿)の街の中心に「西郷・山岡会談」跡地の碑があります。
江戸開城の直前、徳川・旗本の山岡鉄舟は、
官軍の眼を逃れながら、江戸からはるばる
駿府(府中)まで来て、上伝馬松崎屋で、官軍
参謀西郷隆盛と談判し、7項目の条件で無血
開城を約しました。

歴史上では、江戸の無血開城は、西郷と勝海舟
が、品川の薩摩藩邸で会談して成立したことに
なっていますが、その前に、鉄舟が、府中で、
講和条件を整えておいたからこそ、海舟が
スムーズに会談出来たのです。

府中で、鉄舟の人柄に打たれた西郷は、鉄舟の
ことを、
”命もいらず 名もいらず、官位も金もいらぬ人は
始末に困るものなり”と誉めたそうです。

(静岡市の「西郷・山岡会談跡地の碑」について
は、2012.3.20.の「バスで行く東海道(19:府中宿)」を見てね。)

































































(山岡鉄舟が持っていたピストル)













(山岡鉄舟が脱出した隠し階段)





(望嶽亭に踏み込んだ官軍が見つからなかった腹いせに突いた槍の跡)








(望嶽亭土産の「茶屋の餅」)


(望嶽亭土産の手拭)


倉沢・寺尾を歩いていると、地元のおじいさんが、”どちらから来られました?”
と話しかけてきました。

”横浜から来ました。由比・倉沢・寺尾はホントに良いところですね。是非、もう一度
来ますよ。”
と言うと、嬉しそうな顔になって、
”ちょっと待って下さいね。パンフレット類を取って来ますから。”
と言って、由緒ありげな古い建物の中へ駆け込んでいきました。

暫くすると、手に沢山のパンフレットと説明書を持って出て来ました。

それを手に、嬉しそうに色々と説明してくれ、”古い説明書も混じってますが、今度来る時
の為にどうぞ!”と、8種類ものパンフレットと資料を頂きました。

その親切心に感激!


倉沢・寺尾を抜けると、いよいよ
江戸時代の断崖絶壁の難所といわれる薩た峠への登りが始まります。


道は、緩やかな登り坂となり、周辺がミカン畑の坂を登り切ると、間もなく駐車場の
見晴らし台がありました。



見晴らし台からの眺めは絶景です!

さすが
、東海道一の富士の名所と言われるだけのことはあります。




絶景に見とれていると、反対側の遊歩道から登ってきた若いアベックが、”この下に、もっと良い展望台がありますよ。”と教えてくれました




















見晴らし台から、遊歩道を少し下ったところに、確かに、更に良い展望台がありました!
ここで写真を撮ります。

写真の様に、
秋晴れの青空と、相模湾の深い青と、富士山組み合わせ夢の様な絶景です。

富士山の山肌までも綺麗に見えます!

写真は、左から
JR東海道線国道1号東名高速です。

(水野晴郎の口調で)「いや〜!旧街道歩きって本当にいいものですね!」


遊歩道の左端から下を覗くと、目も眩む様な断崖絶壁です!

怖〜っ!

江戸時代の
浮世絵にある様に、当時は目も眩む難所だったんでしょうね。

興津宿を目指して、薩た峠の坂を下っていきます。










由比宿から興津宿まで約9キロです。

16-1: 由比 へ

17: 興津 へ

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