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19: 府 中 宿


2011.10.28   2012.7.21

一夜が明け、前日に続いて、峠越えのコースです。


旧東海道は、私は、駿河湾の松林に沿った快適なウォーキングのイメージだったのですが、意外と峠越えのコースが多く驚いています。


峠越えの途中で日没になると嫌なので、早朝に、
駿府城の大手門をスタートします。


お城周辺は、通勤・通学の若い人たちの
自転車ラッシュ
です!

静岡市は、東京・横浜と違って全て平地なので、自転車が
走り易そうです。


府中”宿は、駿河の国の国府が置かれた場所の意味だ
そうです。

徳川家康が少年期を過ごし、また、将軍職を譲って隠居
してから住んでいた
隠居城です。



バス旅行では、駿府城を一周します。
一人旅の時は気づきませんでしたが、一周してみると、意外と大きな城です!


石垣の内は県庁です。




街の中心に、右下の写真の「
西郷・山岡会談」跡地の碑が
あります。

江戸開城の直前、徳川・旗本の山岡鉄舟は、江戸から
はるばる駿府(府中)まで出向いて、官軍参謀・西郷隆盛と談判しました。

歴史上では、江戸の無血開城は、西郷と勝海舟が、品川の薩摩藩邸で会談して成立したことになっていますが、その前に、鉄舟が、ここ府中で、講和条件を整えておいたからこそ、海舟がスムーズに会談出来たのです。

ここ府中で、鉄舟の人柄に打たれた西郷は、”命もいらず 名もいらず、官位も金もいらぬ人は
始末に困るものなり
”と、鉄舟のことを誉めたそうです。





また、府中は、
「東海道中膝栗毛」の作者の十返舎一九の
生誕の地
でもあります。

しかし、府中宿は、静岡市の繁華街と重なるため、宿場町の雰囲気は全く残っていません。










静岡の市街地を抜けると、府中宿と丸子宿の境の安倍川に差し掛かります。

そう、
安倍川餅で有名な安倍川です。

安倍川餅の江戸時代からの老舗の”
石部
(せきべ)屋
”に立ち寄ります。

しかし・・・

昨年は、早朝スタートが仇となり、開店の1時間前です。

残念!

つきたての安倍川餅を食べたかったのに〜!




今年のバス旅行では、昨年の一人旅の際に、
石部屋で、買い損ねた写真の”
作りたての安倍川餅”を買えました。


つきたてで、ふわふわと柔らかく、駅で売っているのに比べると、甘くなくて上品な味です。














安倍川の川原には、
由比小雪の乱で自害した
小雪の首がさらされたそうです。

写真は、その
供養塔ですが、不思議なのが、小雪は罪人なのに、”小雪”となっている事です

江戸時代には、罪人の墓をつくる事は許され
なかったのですが、
明治になると、小雪は、徳川を倒そうとした英雄となり、罪人から”公”になった
のだそうです。








右の
浮世絵は、安倍川の川越人足による徒歩
渡し
の様子です。




















安倍川を渡ります。


安倍川は想像もしなかった程に、
広い川幅と長い橋です!

多摩川よりも川幅が広く橋も長いです。

橋を歩いて渡るのに時間が掛かります。









東海道中膝栗毛」では、弥次さん喜多さんは、安倍川を
人足の肩車で渡ります。

人足は、二人を肩車にして、流れの速い川を、
肩まで水に
浸かりながら
も無事に渡り終えます。

急流で危なかったので、二人は、人足への
渡し賃をはずみ
ます。

これを受け取った人足達は、水かさが膝の半分もない
川上の浅いところをサブザブと歩いて向こう岸に戻ります。

これを見て、
騙されたことに気付いた弥次さん喜多さんは
悔しがります。




府中宿から丸子宿まで約6キロです







18:  江尻 へ

20-1: 丸子 へ

                   
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