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22:藤枝

2011.10.28  2012.9.15
浮世絵は、問屋場と呼ばれた人馬の中継所です。

江戸時代には、人や荷物を運ぶ人馬については、宿場毎に、人馬を入れ替えて、前の宿場からの人や荷物を引き継いで
いました。




藤枝は、高校サッカーで有名なあの”藤枝”です。

藤枝宿は、現在、街道沿いに、綺麗な2キロもの長い商店街として残っています。

実に長〜い素敵な商店街です。

行けども行けども商店街という感じで、東京でもこんなに長い商店街は少ないです。

しかも、お茶屋、染物屋、椎茸屋の様な歴史を感じさせるお店も点在して、これだけ店の数が多いと何でも揃う、という感じ
です。


藤枝宿は、田中城の城下町として栄えました。

田中城は、
徳川家康がこの城で食べた鯛の
てんぷらに当り、それが原因で亡くなった
ことで
有名です。


本陣は、右の写真の様に八百屋になっており、何も残っていません。







・瀬戸の染飯
右下の写真は、江戸時代から売られている藤枝
駅前の
「喜久屋」の”瀬戸の染飯(そめいい)”弁当です。

おむすびが黄色いのは、もち米を”くちなし”で染めてあるからだそうです。

くちなしの実には、肝臓や疲れを治す効果があり、
腹持ちも良いため、江戸時代の旅人には保存食
として利用されていたそうです。

弥次さんと喜多さんも食べ、葛飾北斎も描いているそうです。


・久遠の松



街道の左手の大慶寺には、写真の久遠(くおん)の松があります。

日蓮上人のお手植えで、樹齢750年・高さ26m・
周囲7mのクロマツですが、見事な枝ぶりですよね!

























一里塚跡
長い商店街を抜けて瀬戸川を渡ると、すぐ右のフェンスの中に右の写真の一里塚跡が
あります。


本日の予定の島田宿まで未だ9キロもあり、途中で日没になるのでは・・・、
と遺跡見物も気もそぞろになってきました。





藤枝宿を抜けて、瀬戸川を渡り国道1号を進みますが、案の定、写真の様に、日没です・・・。

島田宿まで行くのはあきらめて、取り敢えず、一番近くのJRの駅を目指します。

六合という聞いたことのないJRの駅に着きました。

万歩計は
4万8千歩を示しています。

本日はこの六合駅から、静岡、熱海で二回乗り換えて横浜へ帰ります。

次回は、この六合駅からスタートします。


藤枝宿から島田宿まで約9キロです。

(但し、藤枝宿から六合駅までは、約7キロです。)








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