本文へジャンプ
25:日坂宿


2011.11.14 2012.9.15
日坂(にっさか)宿は、小さな宿場町ですが、街道沿いの家々
には、そのまま屋号がかけられており、江戸時代の雰囲気が
良く残っています。

宿の入口近くの本陣跡には下の写真の本陣の門が再建され、宿場町には、江戸時代からの旅籠が数軒、そのまま残っており、素敵な雰囲気です。


日坂宿は、江戸時代は幕府直轄で代官がいました。

東に難所の小夜の中山峠を控え、宿場町として発展しましたが、今は時代に取り残されたかのようにひっそりとしています。

でもそれが幸いして、旧道沿いには、旅籠屋「川坂屋」、「藤文」、「萬屋」など数軒が、江戸時代の面影を残しており、格子戸の家や古い屋号の看板が見られます。



(日坂の浮世絵)




(萬屋)









宿場町の道の幅もカーブも、いかにも江戸時代のまま残っているという感じで嬉しくなります。


小学校の下校の時間帯で、小学生が、一人ひとり、私に大きな声で、”こんにちは”、と挨拶しながら通り過ぎていきます。

東京に来てから、すっかり忘れていた光景ですが、私の田舎の熊本でも、今でも帰省すると、小学生達が必ず大きな声で挨拶して通り過ぎます。


宿の出口近くの写真の高札場は、当時の雰囲気をそのまま残しています。

高札場とは、写真の様に、幕府が定めた法令を木の板に
書いて掲示し、民衆に周知させる場所のことです。

(高札場)




バス旅行では、ラッキーなことに、日坂宿では
夏祭りに遭遇しました。


写真の
事任(ことのまま)神社は、坂上田村麻呂の創建という由緒ある神社で、一昨年は、何と1200年祭だったそうです。

「事任」は、願いが「事(こと)のままに叶う」という意味だそうです。

夏祭りということもあり、大勢のハッピ姿の人々がお参りに来ていました。

写真の、高さ31メートル、周囲6メートルという
クスの大木が見事です。





旧東海道は、国道1号との合流と分岐をくり返しながら掛川宿へ向かいます。


日坂宿から掛川宿までの間は、これといった見どころもなく、長い距離をひたすら歩きます。

でも、歩道が広く、整備されていて歩き易いのが救いです。

静岡駅では宿探しで苦労したので、今晩の掛川の宿は、
事前に予約をしておきました。


日坂宿から掛川宿まで約7キロです。














24-2:小夜の中山へ

26-1:掛川 へ
                    00:目次へ戻る