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30-2:浜名湖


2011.12.11   

舞阪宿の脇本陣を出るとと、直ぐに浜名湖です。

江戸時代は、この舞阪宿から次の新居宿へは、舟渡し
だったそうです。

現在は、舟渡しが無いので、船着き場跡から先の旧東海道
は途切れています。

従って、舞阪宿の船着き場跡から新居宿までは、浜名湖を
横切る国道1号の横の専用歩道橋を歩いて、弁天島を
経由して、新居宿へ向かいます。








(右側が専用歩道橋)


東海道中膝栗毛」には、舞阪宿から新居宿へ乗合い舟の
「今切(いまぎれ)の渡し」
の話が出て来ます。

蛇使い”の見世物をしているオヤジの蛇が、舟の中で逃げ出して
しまい、舟の中は
大騒ぎとなります。

喜多さんは、脇差しを鞘ごと抜いて、その先で蛇の頭を抑えると、
蛇は脇差しにぐるぐると巻きついてきます。

喜多さんは、蛇を海へ放り投げようとして、手が滑り、
蛇と一緒に、
脇差しも海へ投げ捨て
てしまいます。

蛇は、海中に沈んでいきましたが、
脇差しは、実は”竹光
(たけみつ)”だったので、
ぷかぷか浮いて流れていきます。

すると、蛇を捨てられたオヤジは、
腹いせに、”わしは、この年に
なるが、
脇差しが水に浮いて流れるのは初めて見た。”とからかい
ます。

言われて頭に血がのぼった
喜多さんが、オヤジにつかみかかった
時に、舟は新居宿の船着き場に着きます。






写真は弁財天の沖の鳥居です。

弁天島はリゾート的な観光地で、海岸にホテルのビル
が建ち並びますが、シーズンオフのせいか、人影は
あまりありません。


舞阪宿と次の新居宿の間の海を、今切(いまぎれ)
と呼ぶそうです。

昔は、浜名湖は、海と切れた淡水湖でしたが、大地震
と大津波により、淡水湖と海がつながって
しまい、
そのつながった場所を
今切(いまぎれ)と呼ぶ様に
なったそうです。


陸続きが、切れてしまった江戸時代は、先程の
舞阪宿の北雁木の船着き場から、次の新居宿の
船着き場(新居宿の関所)まで、1里(約4キロ)を、
舟で渡ったそうです。

渡し舟は、次の新居の関所の前に到着し、旅人は
舟から下りると、そのまま関所に入らないと
いけなかったそうです。


舞阪宿から新居宿まで約6キロです。


(弁財天の鳥居)


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