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46:亀山宿


2012.2.29  2012.12.8

異常気象の大寒波も、ようやく去った様
なので、東海道53次・完全踏破の旅を
再開します。


前回の続きを歩くために、新幹線で名古屋
まで行き、JR関西線に乗り換え井田川駅へ
向かいます。

JR新幹線・新横浜(7:52)→名古屋(9:30)
→JR関西線・井田川(11:00)


右の写真は、JR関西線の電車の貨物室です。

吊皮に暖簾が下がっていて、多分、そこから
先が貨物室
なのでしょう。

貨物が多ければ、もっと前の方の吊皮に、
暖簾が移動して来るんでしょうかね。



前回のウォーキング終了地点のJR井田川駅
で降りて、次の亀山宿へ向かいます。



お年寄りと挨拶を交わしながら、旧東海道を
進みます。

この辺りも、道で行きかう人と挨拶するのは
常識みたいです。 

旧東海道は、JR関西線と国道1号と並行に、田園地帯を進みます。

亀山バイパスをくぐると、写真の和田の道標
がありました。


和田の道標を過ぎても、旧東海道の右折の
表示がなかなか無く、右下の写真の様に、
どこまで歩いてもJR関西線沿いの道が
続くので、分岐点をかなり過ぎて歩いて
しまったことに気付きました。

スタートまもなく、早くも
道に迷ってしまい
ました!

どこかで、表示を見落としたか、それとも
表示が無いのか?

旧道らしき道を求めて、とぼとぼと道を戻り
ます・・・

戻る途中の道で、車の中で弁当を食べて
いたオジサンが、向こうから声を掛けて
きました。

"この先は行き止まりだよ。どこへ行くの?"

”旧東海道に出たいんですけど?”

向こうから声を掛けて心配してくれるなんて、田舎の人は親切!

おじさんから教わった通りの道を進むと、
旧東海道に出ました!

旧東海道へ出られたのは良かったのですが、今度は、
膝が痛くなってきました。

歩くたびに、痛みがひどくなるような気が
します・・・

先日、ストレッチをしたときに、無理に膝の
筋を伸ばしたのが良くなかったのでしょうか?

腰痛、筋肉痛、膝痛と、京都が近づくに
つれて、足腰がボロボロになってきました・・・

仕方なく、JR亀山駅前の商店街の薬屋に
飛び込んで、サロンパスと膝のサポーターを
買います。

”え〜っ!、
膝の痛みを抱えて、鈴鹿峠越えですか?”

と、
薬屋の店主に心配そうに聞かれると、
不安に・・・

鈴鹿峠越えは、そんなに大変なんですか?

最近は、山賊が出ないみたいだから、
多分、大丈夫ではないかな〜。”

ご主人、冗談が上手い!

でも、インターネットには、鈴鹿峠の山道は、
次の約27キロ先のJR貴生川駅まで、一日
1本のバス便しか無い、という書き込みも
ありましたし・・・

冗談でも、だんだん不安になってきます。

よし、明朝は、出来るだけ早く宿をスタート
しよう。

(⇒鈴鹿峠越えの顛末については、
「48-1:坂下宿」と「48-2:鈴鹿峠」で
お話します。)

旧東海道の宿場町の町並みには、右上の
写真の様に、連子格子の家が点在していて、
「いづつや」「しおや」等の江戸時代の屋号
が掲げてあります。

車が走っていなくて、落ち着いて散策出来る
ので素敵です。






右の写真の様に、旧東海道はカラーで
舗装されていて、曲がりくねった道も
間違えることがありません!

素敵なアイデアです!





(「貨物室」の暖簾)」


(JR井田川駅)




(和田の道標)










































(「しおや」の屋号)







やがて旧東海道の右手に、亀山城の石垣が
少し見えました。

亀山宿は、亀山城の城下町です。

亀山城は、蝶が舞う姿にたとえて、粉蝶城
(こちょうじょう)とも呼ばれ
、南に鈴鹿川、北に
渓谷を擁する天然の要塞だったそうです。

現在は、
石垣の上の多聞櫓(やぐら)とお堀が
残って
います。



亀山城の櫓は、一人旅の時は工事中で、右の写真
の様に、櫓は全く見えませんでしたが、バス旅行の
際は、修理がほぼ終了していて、写真の様に、その
真新しい姿を現していました。


櫓の反対側は亀山中学になっています。



亀山宿の出口にある京口門跡は、広重の浮世絵が
描かれた場所だそうです。

亀山宿は、安藤広重が描く、冠雪の鈴鹿山脈と、
朝焼けの「
亀山 雪晴」でよく知られています。

広重の53次シリーズの中で、
雪景色は、この亀山
と蒲原
だけで、亀山を「陽」として、蒲原を「陰」
として描き分けたそうです。



写真も浮世絵も、上の方にお城の石垣が見えます。





(一人旅のときは、工事中だった亀山城)










「京口門跡」の標柱を過ぎて、宿場を抜け、更に
進むと、右の写真の巨大な大椋(おおむく)の樹の
野村一里塚があります。




小学校の下校の時間でしょう。小学生達が、
大きな声で”こんにちは”と私に挨拶しながら
通り過ぎます。


更に進むと、旧東海道の左手に、下の写真の
布気皇舘大(ふけこうたちだい)神社がありました。




JR関西線と国道1号の下をくぐり、右の写真の
様に、鈴鹿川と並行に歩きます。





JR関西線の踏切を渡ると、関宿の入口である
「東追分」です。

亀山宿から関宿まで約8キロです。








































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