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48-1:坂下宿


2012.3.1   2012.12.8

一日1本の不定期バス便しか交通手段が無い
という”鈴鹿峠への恐怖”から、早々と目が覚め、
関ロッジを、早朝5:30にスタートします。

でも、辺りは、未だ真っ暗です。

そうか!東京より夜明けが遅いんだ!


真っ暗な中、往時のままの町並みが残る関宿の
宿場町の西の端を目指して歩きます。




右の写真は、「
西の追分」です。

左が加太(かぶと)峠を越えて奈良に向かう
大和街道、右が旧東海道です。

まだ暗い中、電柱のスピーカーから、いきなり、
”野中のバラ”の大きな音のメロディが鳴り響き
ます!

6時の時報みたいです・・・

西の追分からは、大型トラックが絶え間なく走る
国道1号の狭い歩道を進みます。


間もなく、多分、「
転び石」と思われる石が、
駐車場の金網の中にありました。多分というのは、周辺に説明板も何も無いからです。

何度片付けても、街道に転がり出てしまうという
伝説の石だそうです。

















関宿を抜けてから、ゆるやかな鈴鹿峠へ向けての
登り坂が、延々と続きます。

市瀬橋の手前を右に入ると、旧街道を進みます。

この道は、集落の中を抜けると、再び国道に出る
ので、暫く国道を歩きます。

国道1号は、大型トラックの廃棄ガスと騒音です。

写真の筆捨山の案内板を過ぎたあたりから、
ダンプの行きかう国道1号と分かれ、古い構えの
家が点在する旧街道に入りました。

旧街道の沓掛(くつかけ)の集落を過ぎると、
写真の鈴鹿峠馬子唄会館がありました。



早朝のせいか閉館しています。



上の写真は、会館の前に建てられた、日本橋から
京都までの宿場名の柱です。


”坂(坂下)は照る照る 鈴鹿(峠)は曇る
 間(あいの宿)の土山 雨が降る”

鈴鹿峠馬子唄は、箱根に次ぐ難所の鈴鹿峠で、
人や荷物を運搬する馬子(まご)たちの労働歌
として生まれました。

のちに、人形浄瑠璃や歌舞伎の中で唄われた
ので、全国的に有名になりました。


会館から、旧道の続きを歩いていくと、再び人家が
少し並んでいましたが、この辺が坂下宿らしいです。


会館から杉林を抜けて、川原谷橋を渡ると、
坂下宿(さかのした)の跡です。


(市瀬橋)














坂下宿
は、その名の由来の通り、鈴鹿峠の
坂下に位置し、
鈴鹿峠を控えるために、
大きな宿場町
だったそうですが、明治に
なってから急速に、見る影も無く寂びれた
そうです。

今は、茶畑の中に本陣跡の説明板が立って
いるだけで、
東海道53次の中で、最も
寂れてしまった宿
です・・・


坂下宿は、
松屋・梅屋・大竹屋の3本陣と、
小竹屋の1脇本陣をかかえる大きな宿場町
でした。

本陣の名前が、”
松竹梅”ですね。

特に、大竹屋は、間口24メートル、奥行
45メートルの大本陣で、鈴鹿馬子唄にも、
”坂下では 大竹小竹 宿がとりたや 
小竹屋に”と唄われた様に、東海道随一の
大店として知られていたそうです。

大竹屋は、現在は、右の写真の様に、
ゴミ箱の横に、本陣跡の碑が立っている
のみです。

余りにも寂しい・・・

これらの本陣跡などは、写真の様に、
何も無い茶畑になってしまい、往時の
賑やさ示す建物は、明治以降に全て
取り壊され、何も残っていません・・・

隣の関の宿場町が、ほぼ江戸時代のまま
残っているのに比べると、その差に
、時代の移り変わりの激しさに、茫然と
してしまいます・・・



本陣の一つであった松屋は、明治時代には、建物の一部と門が、学校の校舎として使用
されていましたが、昭和35年に、右の写真
の法安寺の庫裏(くり)の玄関として移築
されました。

坂下宿の名残りを止める、唯一の本陣遺構
です。



坂下宿を抜けると、国道の右手に、下の
写真から読みとれる様に、「岩屋十一面観音菩薩」の大きな石碑があります。



自然の岩窟を利用して、写真のお堂が
建てられています。

1660年頃に、道中の安全祈願のために、
阿弥陀如来、十一面観音菩薩、延命地蔵の
3体の石仏が安置されたそうです。

お堂の左に滝があるので、江戸時代には、
「清滝観音」として有名になり、葛飾北斎の
「諸国滝めぐり」にも取り上げられている
そうです。



坂下宿は、明治以降は、国道が少し離れた
所を通る様になり、鉄道の駅から遠く、
インターネットによると、不定期のバスが
一日に1本通るのみだそうです。

バス停がありました!
バス停の時刻表
見ます。

写真の様に、高校が休みの場合は、バスも
運休とあります!

なるほど!インターネットの通り、確かに
不定期だ!

でも、感心している場合ではありません・・・

バス停の時刻表は、何と!
朝の7:38の便
のみ
です!

と言うことは、いったん鈴鹿峠に足を踏み
入れたら、次の鉄道の駅であるJR貴生川駅
までの
約27キロの山道を、膝痛を抱えて、
自力で歩き通すしかありません!


いったん足を踏み入れたら、もう引き返す
ことも出来ないのです!

悲壮な覚悟で、歩き始めます!!!

坂下宿を抜けて、いよいよ鈴鹿峠に挑み
ます。



















(法安寺












(バス停の時刻表)








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