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54-1:京都・三条大橋


2012.3.13   2012.12.8

やった!やった!やった!

三条大橋に到着!!

気が遠くなるくらいに長かった”東海道五十三次・完全踏破の一人旅”も、やっと終わりです!!!

三条大橋に着くと、高山彦九郎銅像の前で、思わず、
万歳三唱をしてしまいました!
(周りの人に聞こえない様に・・・)



江戸時代、庶民の女性が東海道を旅することは珍しくなかったそうです。

現代と同様に、江戸時代の女性もケチで?、旅籠ではお金を使わず、お酒ものまなかったので(お酒は現代は違う?、そうすると、ホテルでの金遣いも?)、宿場町では敬遠されたそうです。

でも、庶民の女性の旅の名目はお伊勢参りでも、本音の目的は、食べ歩き、ショッピング、寺社巡り等が満喫出来る京の都だったらしいです。

この寺社巡りは、参拝というより、門前町に並ぶお店や、茶屋や、見世物小屋などの方が、お目当てだった様です。

現代と異なり、江戸時代の庶民の女性は、遠出の名目・機会がなく、恐らく、人生で一度だけの刺激と解放感を求めたビッグイベントだったに違いありません。



三条大橋は、加茂川の度々の氾濫で、三条大橋は何度も架け替えられ、現在はコンクリート橋ですが、橋の擬宝珠(ぎぼし)だけは、往時の面影を伝え、豊臣秀吉のときのものだそうです。

三条大橋の欄干には、右の写真の様に、新撰組の刀傷が残っていました!

昔、大阪に住んでいたので、三条大橋は、これまでに何度も渡ったことがありましたが、”刀傷の話”は知りませんでした。



橋を渡った西岸に、写真の
弥次さん喜多さん像がありました。

弥次さん喜多さんは、四日市の日永の追分から、東海道を進まずに、伊勢街道を伊勢神宮へ向かい、伊勢神宮から奈良街道を経由して京へ向かいました。

従って、四日市宿(2012.1.7)以降は、「東海道中膝栗毛」のエピソードのご紹介はありませんでしたが、悪しからず!



(三条大橋)











さあ、完全踏破の一人旅のフィナーレです!

一人で、完全踏破の祝杯をあげるために、先斗町を抜け、四条大橋を渡り、
祇園へ向います。

祇園の通りに入ったところで、いきなり、若い京美人に声を掛けられました。

”お尋ね申します〜ぅ? ”

どうやら、私は、この辺りの、何処かのお宅の場所を聞かれているみたいです?

慌てて、”りょ、旅行者です!”

その若い女の人は、驚いた表情で、”まあ、失礼なことを〜!”

いや、驚いたのはこちらですが・・・

リュックをコインロッカーに預けて、手ぶらで祇園を歩いていたので、祇園の住人と間違えられたのでしょうか?

右の写真の
祇園の「美登幸(みとこう)」の二階の座敷にあがり、写真の祇園御膳(3,300円)と熱燗(960円)を注文して、昼間から、一人で祝杯です!




















祝杯を終わり、祇園をブラブラ歩いていると、急に、昔働いていた大坂の心斎橋の近くの支店へ行ってみたくなりました。


京都から大阪へ向かい、地下鉄御堂筋線の
心斎橋駅で降ります。


昔勤めていた支店の辺りに行ってみますが、再開発でしょうか、跡かたも無く、全く風景が変わってしまっていました。

仕方なく、ついでに、
道頓堀、千日前をブラブラします。


更に、
天王寺へ行って、新世界をブラブラします。

コテコテの看板の
串カツの店がずらりと並び、壮観です。

どういう訳か、通天閣は長蛇の列だったので、パスしました。



地下鉄で
梅田に戻り、ガード下の立ち飲み屋で、懐かしい「とん平焼き」を注文して、生ビールを飲みます。
(1,150円)

とん平焼きは、豚肉に溶き玉子を流し、ソースとマヨネーズをたっぷりかけた、こってりしたお好み焼きです。

懐かしい!

旨い!

少し物足りないので、ガード下の立ち食い屋で、10個入りの
たこ焼きを注文します。(530円)

東京のたこ焼きの倍くらいの大きさで、具も大きくジューシーで旨い!

でも、量が多くて、ガード下では食べきれません!


ほろ酔い気分で、
新大阪のビジネスホテルへ向かいます













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